学歴ロンダリングをして手にしたもの失ったもの

研究生活 雑記
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おはようございます。

 

ロンダリングとは「外部進学(自分が行っている大学の大学院に進学せず、他の大学院に進学)で、進学先の大学院が、出身大学よりレベルが高い場合や、社会人が大学や大学院進学することで、高学歴になる場合に使われる用語」だそうです。

 

現役で行きたかった大学に大学院進学をきっかけにチャレンジをするという人は多いのではないかと思います。

 

僕は学部時代は大阪大学に所属し、修士を京都大学、社会人を挟んで博士課程を東京大学で過ごしています。まさにロンダリング界のカリスマ(日本における)と呼んでも差し支えないでしょう。

初めからこんな学歴変遷を歩みたいと思っていたわけではなく、その時々での運命的な出会いややりたい研究などによって自分の最も頑張りたい場所を選んできた結果このような形に至っています。

 

僕は元々の学力がそこまで高くなかったのと浪人するような余裕がなかったので現役で東大や京大は現実的にほぼ無理だったと感じています。しかしながら、大学院進学をきっかけに学部では到底敵わなかった世界に飛び込むことができ、そこで出会えた仲間や環境にものすごく大きく人生をいいものに変えてもらっていると思っています。だから僕は基本的にロンダリング大賛成派ですし、学歴ロンダだなんだと揶揄する器の小さい人を揶揄してやりたい。

 

今回の記事では僕がロンダリングによって手にしたもの、そして逆にロンダリングによって失ったものを振り返っていきたいと思います。

ロンダリングをして手にしたもの

価値観の違う素晴らしい仲間と出会えた

阪大の時、僕は部活や研究室、普段の授業を経て多くの友人に助けられ、競い合い、素晴らしい日々を過ごせたと思っています。阪大の時の友人をすごく恋しくなる時も、何もしないけど数時間だべっていた幸せなどを思ってセンチメンタルになることもたまにあります。本当に阪大ありがとう。

 

しかしながら大学が変われば人も変わる。特に京都大学というのは個性的で、信念が強く、自主性を重んじる文化の中で伸び伸びと生きている若者たちがたくさんいます。疑いなく、最も変人が多く集まる集団だと思う。

 

僕はそんな変人たちが本当に好きで、格好よくて、めちゃくちゃ触発されたり、コミュニティーの中で非常に居心地の良さを感じました。どうやら自分も多少変人なのかもしれないなと認識した所存である。

 

場所を変えることによってめちゃくちゃ自分の個性がフィットするところに行ける可能性がある。僕は京都大学に行って本当に良かったと思っているし、自分らしく生きることに肯定的になれたのもこの学校の文化と仲間がいたからかもしれない。

 

研究がめちゃくちゃ好きになれた

ロンダリングが僕の人生を大きく変えた理由の一番はこれです。

前の研究室の先生は部活と研究を同時にやることを否定するタイプの人で「研究と部活の両立なんてできるわけない」なんて言われ研究のことも嫌いになりかけ、逃げるように部活ばかりやっていました。振り返るとその中でも信念を持って研究に打ち込みまくれば、先生方にも認めてもらえてたのかもしれないな。

 

京大の研究室は研究でしっかり成果を出して、部活も頑張れ!オリンピック出て!などとすごく部活への後押しもしてもらい、それが嬉しくて研究も部活もどとちらにも思いっきりエネルギーを注ぐことができました。その結果陸上では日本選手権、大学記録を出すに至り、研究においても2年間で2本の論文を投稿するという成果を出すことができました。

この経験から僕は自分自身に大きな自信を持つことができ、研究のシビアだけど楽しい世界に浸かる喜びを感じました。文武両道なんて綺麗事だと心のどこかで思っていた自分から、考えてやればできるじゃんという肯定的な自分が生まれました。

 

僕が所属していた研究室には当時博士学生が3人いて3人とも先生から与えられたテーマではなくてそれぞれが自分たちで作っていったオリジナルな研究を進めていて高い評価を得ていました。その姿がカッコよく、研究者をかっこいいと思った最初のきっかけです。

今も彼らに追いつけているのか、理想型として頭の中に置いて頑張っています。

 

自分が今いる環境がたまたま合わないだけで、環境を変えたら自分の能力が爆発的に引き出されるところに行けるかもしれません。そんな都合のいい場所に行けるかどうかは運次第じゃないかと思われるかもしれませんが、自分の意思で場所を変えたのなら次の場所ではどんなことに対しても覚悟を持って頑張れるはずです。どこかもどかしさを感じているなら、自分の居場所を変えてみることをお勧めします。

 

ロンダリングなので大体は今いる環境以上に刺激的なものに出会えることが多いと思います。厳しい環境は辛い時も多いとは思いますが、振り返れば自分を大きく成長させてくれるところに居たと思えるはずです。

 

経験の幅を広げることができた

違う場所に住めばその場所について詳しくなっていきます。阪大の時は吹田とか、茨木とかその辺の地理に詳しくなったり、箕面の楽しみ方などマスターしました。

京都に移れば京都について詳しくなります。しかも京大は場所的にもめちゃくちゃ楽しいところにあるので、京都観光でどこに行くべきか、どこのご飯が美味しいか、どの交通手段がいいのかなど重要な情報が知肉となっていきます。

そんな大したことではないと思われるかもしれませんが、けっこうこれは大きくて友達と遊ぶときにいろいろな場所を案内できたり、デートプラン失敗しなかったり、東京に移ってから京都出身の人と話を合わせて盛り上がれたりと、実は経験の幅を広くすることは後々の人生を豊かにするために非常に重要だったりするのではないかと思っています。

 

阪大の近くで一番好きなラーメン屋は豊中駅近くにある麺哲 とか

京都だと今では阪急梅田駅にもあるつけ麺たけい とか

東大だと二郎系ラーメン用心棒 がいいなあ

とかとか生活の知が増えていきます。

こういった経験に基づいて知識は人間関係を築いたり、人生をより楽しむための基盤として活躍していくと僕は信じています。

 

人生を豊かにする人的ネットワーク

全国どこに行ってもあってくれる人がいるのは嬉しいものです、ちょっとした出張や旅行がもっと楽しいものになります。

僕の場合は自分でできないことにぶち当たるとすぐに相談したり、助けてもらったりして生きています、もはや命綱です、無くなったら辛くてしんじゃう。。

目標を達成するためならどんな手段を経ても構わないと思っているのでたくさんの人の力を借りて今の人生が成り立っています。それができているのも一つの場所に止まらずに幾つかの場所で一生懸命仲間と何かを頑張った経験があるからこそだと思います。

僕自身も助けてもらうだけではなく、困っているときに役立てる人間になれるように日々精進していかないといけないのですが、これからも僕は助けられながら生きていきます。

 

ネットワークを広げたくて場所を広げようとするのは、愚かな行いだと思いますが、場所を変えた先で一生懸命頑張った結果生まれた強靭なネットワークは一生ものの宝物になると思います。

 

目標を達成するための資源が手に入る

少し現実的な話になりますが、研究で大きな成果を出したいと志すのであればお金のある環境に身を置くことをお勧めします。

東京大学にきて痛感したのは、使用する細胞、試薬、機器など、びっくりするほど整っていて、研究室になくても先生たちのネットワークで使えるようにアクセスしていただいたりと非常に恵まれた環境で研究ができています。

 

僕は阪大や京大にいたのでそこまで研究環境に不自由を感じたことはありませんでしたが、それでもやはり東大はすごい。何でも使えるし、なんとでもなる。

地方大学や、お金のない研究室にいて、やりたいことがあるのにできないという状況に陥っている学生の方には自分の目標達成のためにいるべき場所をしっかりと選択する勇気を持って欲しいと思います。

 

逆に言えばこれだけ全てが揃っている中で研究成果が出ないのなら、それはあなたの実力不足ですと認識せざるを得ないので、そういうプレッシャーは持っているといいかもしれませんね。頑張ろう。

 

ロンダリングをして失ったもの

仲の良かった仲間と会わなくなった

 

元々いたところにいた仲間と会えなくなる、その結果疎遠になるのは避けられない現実です。僕も阪大の時の仲間とは連絡をあまり取らなくなったりしてそれをすごく寂しいと思うこともありました。これについてはある程度割り切る必要はあるかもしれないです。しかし、定期的に連絡を取ったり、年に数回会うだけでも絆は錆びていかないんじゃないでしょうか。僕は色々とマメなことを怠っていたかもしれないです、反省。今でも阪大の時のみんなと会って馬鹿みたいな飲み会や会話がしたい。

 

先生方との友好関係がギスついたまま

 

上で述べたように僕は阪大から京大に逃げるようにしてロンダリングを行いました。学部時代に研究そっちのけで部活ばかりやっていた僕は先生方からの信頼を失い、不真面目な学生であるというレッテルを貼られていたでしょう。

大学院をそのまま過ごしていたら、どこかで心入れ替えた自分がいて、先生方の信頼を取り戻したことができたかもしれません。当時はアカデミアの世界に進むなんて思ってもいなかったので関係が悪くても何も問題ないとおもっていましたが、今ではすごく後悔しています。なぜならある分野でかなり大御所の先生なんですもん。

 

その場所で頑張ることで得られたチャンスは失うことになります。それが長期的に見て自分にとって大切なものであるなら、その場所に止まることの方がいいこともあるかもしれません。

今の僕はある意味裏切ってしまった先生方からの信頼をいつか取り返せる日が来ると信じて、今の研究を直向きにやり続けるしかありません。

 

 

実はロンダリングで失ったものはこれくらいです。実際には失ったものを大きくカバーしてくれるほど素晴らしい出会いが生まれて僕は何も後悔していません。

 

 

ロンダリングは学歴に不満を持つ自分を満たすためのものではなく、自分の可能性に期待して、まだ見ぬ素敵な自分に変革するための大チャンスなのだと思います。

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